ドイツ人の仕事文化というと、「真面目」「勤勉」といった堅苦しいイメージでもって理解されることが多いのではないでしょうか。ドイツ人=真面目というイメージは日本人だけが抱くものではなく、アメリカやヨーロッパ諸国からも似たような評価を下されているところがまた面白いと言えます。
さて、実際にドイツで仕事をする、あるいはドイツ人と仕事をする環境に身を置く、となっや場合、彼らの文化を単に「真面目」の一言では片づけることができないでしょう。郷に入れば郷に従えの言葉の表す通り、ドイツ人の仕事文化に身を置く以上、彼らの仕事に対する考え方や態度を真似ていく必要もでてきます。
日系企業並びにドイツ企業で就労経験がある著者の経験を交え、ドイツ人の仕事文化について紹介していきます。
ドイツ人と日本人って似てる?似てない?
自動車産業や工作機械など高度なモノづくりを得意とし、大戦後の焼け野原から経済大国として蘇った点など、なにかと共通項の多いドイツと日本。国民性に関してもなんとなく「似ている」と見なされがちなドイツと日本ですが、実際に比較してみると異なる点のほうが多いことに気が付きます。
例えば、日独のジョイントベンチャーを対象に両国の仕事文化を比較した論文(Negotiating organizational culture in a German-Japanese joint venture)の中では、ドイツ人と日本人の仕事現場における違いについて、以下のように紹介されています。
German | Japanese |
Importance of the individual | Importance of the Group |
Well defined job-roles | Job-role flexibility |
Fast and efficient decision-making | Consensus decision-making |
Leader as orchestrator with absolute authority | Leader as orchestrator/mediator |
Rules more important than situation | Situation more important than rules |
Importance of job security | Importance of lifetime employment |
Distinct boundary between business and personal life | Small boundary between business and personal liefe |
Limited consultative decisions | Participative decisions |
Importance of expertise | Importance of age seniority |
Importance of hierarchy | Importance of hierarchy |
Uncertainty avoidance | Uncertainty avoidance |
Brannen, Mary Yoko, and Jane E. Salk. “Partnering across borders: Negotiating organizational culture in a German-Japanese joint venture.” Human relations 53.4 (2000): 451-487.より引用
両国とも、「ヒエラルキーを重視する」「不確実性を回避する」など似通った部分も見受けられる一方で、個人主義のドイツvsグループ主義の日本、即断即決のドイツvsコンセンサス重視の日本など、対極に位置する部分も見受けられます。
ドイツと日本の仕事文化を比較する際には、そのため、部分的に似ている点もあるが、基本的には異なる文化と見なす方が適していると言えるでしょう。
ドイツ人の仕事文化を知る10のキーワード
さて、こうしたドイツと日本の仕事文化や職場での態度を、もう少し掘り下げて分析していきましょう。以下に、日本人がドイツで働くときに特に注意しておきたい10のドイツ人の仕事文化を紹介していきます。
批判的精神
ドイツ人と働いたことのある日本人であれば、誰でもこうした嫌な経験が有るのではないでしょうか?ドイツ人の上司は基本的に部下を褒めることが多くなく、逆にちょっとしたミスには不満をあらわにします。同様に、部下も会社や上司の不満を定期的に周囲に漏らす傾向にあります。
この文化、なにも職場に限ったことではなく、ドイツ人の性格を表す用語として「批判的」と言われるほど、あらゆる方面に批判を展開するといえるでしょう。ただ、決してあなたのことが嫌いだから批判を繰り返すわけではなく、あくまで業務の一環としておこなっているだけで、その証拠に不満や批判を繰り返しつつも、何だかんだ「すぐ解雇」や「すぐ離職」となるようなことは多くないように見受けられます。
なので、批判をされてもすぐに「否定された」とネガティブな気持ちにならずに、自分の直すべき部分を指摘してくれた、と思えるくらいになるとドイツで仕事がしやすいかも知れませんね。
直接的な物言い
国ごとの正確さを表す指標の一つとして、高文脈文化か低文脈文化(high text/low text)か、というカテゴリ分けがなされることがあります。直接物事をいうか、間接的に文脈を読んだ物言いをするか、とも言い換えられるこの指標に則ると、ドイツと日本はまさに「直接的」と「間接的」の対極に位置する関係であることがわかります。
例えば、空気を読んだ物言いを好む日本人には「今週は納期が多く忙しい」と社内の伝達がされると、自動的に「忙しいので人手が足りないと困るから、有給をとるのはやめておこう」と脳内で置き換えますが、ドイツ人には「今週は納期が多く忙しいので、有給は取らないで」とはっきり自分の伝えたいことを明文化しないと相手に伝わりません。1を聞いて10を察する文化と、10言わないと10伝わらない文化とも言い買えられますね。
プライベート間でも仕事関係でも、この日独間の「直接(日本人にとっては棘がある)」VS「間接(ドイツ人にとっては分かりにくい)」の文化差がトラブルを引き起こすことが少なくありません。多少図々しいと感じても、ドイツ人に対してははっきりと物事を言うべきでしょう。
結果主義的
ドイツ人にとって、1)何か目標を設定し、2)それを達成する、という「目標を達成する」という最終ゴールに向けたプロセス全体が重要視されます。日本人にとってなじみのある「努力してみたものの上手くいかなかった」はあまりドイツ人の好むところではなく、目標を為したか否かで評価が下される傾向にあります。
これは、ドイツの教育システムなどを見ていても似たシステムであることが伺えます。講義に出席したしないはあまり重要ではなく、基本的には試験で良い点さえ残せばよい成績に結び付き、逆に皆勤賞であっても点数が悪ければ簡単に落第します。
そのため、日本人のように「残業して頑張った」ことを美徳とするか、ドイツ人のように「残業して頑張っても結果が出ていなければ意味がない」といった判断を下すかの違いに繋がります。
エキスパート気質
ドイツ人社会は、徹頭徹尾「社会で活躍するエキスパートの育成」を至上命題とした構成とになっています。その端緒はすでに中等教育時代から将来の道が分離されることからも分かり、手に職を持つ職人になる場合は勿論、大学に通う場合も「何かしらの専門分野のエキスパート」となることを求められます。そのため、社会に出てからも個々の社員の役割は厳格に分かたれており、個々のタスクに別の社員が口出しをしないような縦割り階層になっています。
このことは、似たような資質と能力を持った社員を一括採用し、ジョブローテーションを通じてジェネラリストを育成する日本型の育成システムとは根本的に一線を画します。日本でジェネラリストとしてのキャリアを経た日本人がドイツでの転職が難しいと言われるのも、これが原因とされています。
効率的
Forbs紙が2017年におこなった調査では、ドイツはOECD諸国の中で3位となる「仕事効率性」を達成しており、日本と比べると企業の生産性に実に1.56倍の開きがあります。この事実は、後述のとおりドイツが世界でも高い水準のワークライフバランス達成に寄与していると言えるでしょう。
この高い生産性にはいくつかの要因がありますが、例えば日本の仕事文化で見受けられるような「仕事関係の接待や食事」「同僚への手助け」といった自分の労働契約書の枠組みを超えた仕事がドイツではおこなわれません。ドイツ人は、同僚がてんやわんやであろうとも、あたかも対岸の火事といった素知らぬ顔で、自身の労働契約書に書かれた通り17時に退社していきます。
また、生産性の乏しい部署や社員、顧客を切り離す際の判断も合理的かつスピーディに行われます。麻のごとく人間関係と仕事関係が複雑にもつれた日本人の文化では、このようなドラスティックな損切りは難しいかもしれませんね。
分析的・理論的
カント、ヘーゲル、ガウス、アインシュタイン、フロイト・・と世界史に名を連ねる哲学者や自然科学者がドイツ語圏出身なことと、ドイツ人が分析的かつ論理的な物言いを好むことは偶然でないのではないでしょうか?
Aである、ゆえにBである、といったような、データや数値を用いた根拠づけを、ドイツ人は特に好む傾向にあると言えるでしょう。特にお互いがお互いの主張を激しくぶつけあう議論の場などでは、客観的な資料や数値を元に、理論的な物言いができる陣営に軍配があがります。
ちなみに、ドイツ企業が新卒に期待するソフトスキルの上位には「問題解決意識」や「分析マインド」など、やはりこの手の論理的思考に関連した性質がランクインする傾向にあり、ドイツ社会で生き抜くためには重要なスキルであることが伺えるでしょう。
慎重
「自己主張の強い国(German assertiveness)」と同様にドイツ人の典型的な気質として(時に面白おかしく)描かれるのが「ドイツ人の不安(German Angst)」です。日本とドイツの類似した部分と言えば、ともに将来に対する不安を抱えることです。
Hofstedeの「不確実回避主義指標(UAI)」によると、日本は世界の国の中でも最も高い水準である92、対してドイツは65と、やはり比較的高い傾向にあることが分かります(アメリカは46)。契約書や保険、法整備などを通じて転ばぬ先の杖を整備する特性のあるドイツ人は、他の欧州各国から見るとやはり「慎重」に見えることが多いのではないでしょうか。
個人主義的
同じくHofstedeのインデックスを参照すると、ドイツの個人主義指標は67で、アメリカの91には及ばないものの、日本の46よりも個人主義よりの国であることが伺えます。
ただ、誤解してはいけないのが、ドイツの会社においても「チームワーク」は重要で、単に個人プレーだけしていればよいことを指し示しません。もっとも、ドイツ人にとってチームワークとは、日本人のように協調性を持ち、波風を立てないように表面上穏やかにすることではなく、時には激しい議論を交わしてでも、部署全体、ひいては会社全体の成績を底上げしていく一員となれることです。
このドイツ人にとってのチームワークは、一見バラバラに動いているように見えるけれども、全員がチームの勝利という大きな目標に向かって動いている、サッカー選手を例に挙げられることが多いですね。
プライベートと仕事の厳格な線引き
上述の通り、ドイツ人はワークライフバランスを徹底して追求しがちです。特に、健全なプライベートや家族サービスを実現するためにも、仕事と個人生活の間には完全に壁が設けられています。すなわち、仕事のあとは直帰する(同僚と飲み会など行かない)、家で仕事をしない、休日出社しない、などがドイツ的な仕事への態度と言えるでしょう(もっとも、業界やポジションによってこの態度は変化しますが)。
それでは、職場ではプライベートな話をすることが無く、職場の同僚と遊びに行くことが全くないのか、と言われるとそういうわけでもなく、あくまで強制されない次元では同僚と遊びに行くことも、職場で誕生日を祝うことも、職場の同僚と恋愛関係に発展することなども十分にあり得ます。どこまで厳格な線引きをするのか、のラインに関しては、実際に働く会社の社風などを見て判断するのが吉でしょう。
拝金的
言葉は悪いですが、ドイツ人が仕事に求める最たるものは「給料」です。そのことは、ドイツ人の転職理由ランキングなどを見ても分かる通りで、やりがいや職場環境よりもなにより、給与水準を引き合いに出して物事を指しはかります。このことは、日本では考えられないような賃上げストライキや採用面接時の堂々とした給与交渉に繋がります。
もっとも、この給与には我々の持つ汚らしいイメージではなく、自身の成果への対価として支払われる当然の金額、と見なす傾向が強く、ドイツ人からしてみたら自分の納得のいく給料が得られていない=自身の働きが正当に認められていない、に繋がるのです。
ただ、ドイツ人のこうした強気の給与交渉や転職活動が必ずしもうまくいくわけではなく、時には職を失ったりするケースもあります。