ヨーロッパの中でも特に成功した経済構造と見なされるドイツ社会で、その給与水準も日本の1.5倍程度を享受しています(OECD基準)。もっとも、様々な資料に登場する年収データには注意が必要で、出典によっては中央値と平均値が混在していたり、特定の求人群のデータを引用しているため実態との乖離がみえます。
信頼できるデータの一つはドイツ統計局であり、2022年の額面月収平均値4.105€(年収49.260€)という数値が挙げられています。もっとも、この値はあくまで全会社員の平均値であり、中央値の値はここから15%~20%前後低い値(年収40.000~42.000€程度)と見なされています。
また、この平均年収49.260€という値の中には200.000€の給与を享受している管理職もいれば、30.000€程度のサラリーマンも混在しており、同様に1年目の新卒や30年プレイヤーも含まれています。こうしたドイツの平均年収がドイツ移住を目指す日本人のベンチマークになってしまいがちですが、あくまで、「ドイツに移住して1年目から50.000€の年収」を得られるわけではない点に注意が必要です。
では、ドイツの年収を決定づける要因とはいったい何なのでしょうか?
ドイツでの就職を志す人がドイツの年収水準に対する正しい理解をおこなうために、ドイツの給与水準を決定する要因について、「会社規模」「地域」「職種・業種」「キャリア年数」「役職」の5つのポイントから解説をおこないます。
会社規模
日本でも同様のことがいえますが、ドイツにあっても基本的に「会社規模」と給与水準は比例関係にあり、従業員の数が多ければ多いほどその会社の給与水準は高い傾向にあります。以下の表に詳細を記載していますが、従業員50人以下規模の企業であれば年収は38.180EURであるのに対し、5000人規模以上であれば53.666EURと、実に1.4倍もの開きがあることは驚きの事実でしょう。
会社規模 | 年収 |
50人以下 | 38.180 EUR |
51~500人 | 43.957 EUR |
501人~5000人 | 47.986 EUR |
5000人以上 | 53.666 EUR |
(出典:Step Stone Gehaltreport 2023)
商法上の定義では売上や総資産規模がここに評価基準として加わることとなりますが、一般的に従業員規模50人以下は「小規模企業」、250人以下は「中小企業」と見なされることとなり、ドイツの労働者人口の約半数以上にあたる56%はこの250人以下の中小企業に属するとされています。
給与水準もさることながら、社内教育や福利厚生の面でも大企業は一般的にドイツの中で恵まれているとされており、その分就職の競争率が高い傾向にあります。そのため、中には最初は中小企業でキャリアをスタートし、実力をつけてから大企業の同一職種に転職、といったケースも多々見受けられます。
地域
会社の住所も年収に大きな影響を与えることで知られています。特に、1990年まで東西に分かたれていたドイツでは、未だに旧西ドイツと旧東ドイツとで給与水準の差が見受けられ、例えばポーランド国境のMecklenburg-Vorpommern州(東ドイツ)とフランクフルトの位置するHessen州(西ドイツ)とではそれぞれ年収が36.191EURと47.762EURで、1.3倍もの開きがあります。
首都であるベルリンを除くと、基本的に高所得と見なされるのは全て旧西ドイツに属していた州で、上述のHessen州以外では、ハンブルグや、NRW(デュッセルドルフなどの位置する)、バイヨン(ミュンヘンの位置する)などが知られています。
もっとも、給与水準と並んでこうした都市は高い生活費でも知られており、一概にこうした都市への居住がQOLの向上につながるとは限らない点には注意が必要です。
職種・業種
ドイツ社会の特性上、大学の専攻と自身のキャリアは一貫性があることが望ましいため、同一業種(職種)であってもその専門の学位の有無によって年収が変動しがちです。職種別にみると、医者やパイロット、会計士や弁護士のような特殊な職能を除けば、IT、エンジニアやコンサルティングが学位の有無に関わらず全体的に高い傾向にあります。
学位の有無によって大きく変動するのが銀行業と営業であり、特に営業に関しては一営業社員(Verkaufer)なのか、金融や商法、貿易の知識を身に着けた営業戦略社員(Vertrieber)なのかによって給与水準も大きく異なります。
学位無し | 学位有り | |
銀行・金融・保険 | 45.623 EUR | 62.894 EUR |
コンサルティング | 49.753 EUR | 59.973 EUR |
購買・物流 | 37.140EUR | 55.161 EUR |
医療・福祉 | 37.454 EUR | 46.187 EUR |
観光・ホテル | 35.488 EUR | 40.835 EUR |
エンジニア | 49.438 EUR | 59.902 EUR |
マーケティング | 45.360 EUR | 52.225 EUR |
IT | 48.220 EUR | 60.531 EUR |
人事 | 43.927 EUR | 52.463 EUR |
営業 | 41.886 EUR | 59.867 EUR |
(出典:Step Stone Gehaltreport 2023)
就業年数
ジョブ型社会のドイツにあっては、自身の生涯をかけて特定の業務を極めるようなキャリアが求められます。つまり、キャリアの始め立てのころとそのキャリアの10年目プライヤーとでは当然のことながら得られる給与も異なり、基本的には年ごとにステップアップしていくような形となります。
例えば、営業社員の昇給モデルを追っていきましょう。3年目まで、特に試用期間中の給与は40.000EUR前後、場合によっては40.000EURを切ることもありますが、年次を経るごとに右肩上がりに向上していきます。もっとも、年次以外にも実績や役職といったものが考慮されることになりますが、基本的には年次を経るごとに知識やノウハウが蓄積されていき、スキルも磨かれていく、と考えられています。
3年目まで | 3~6年目 | 6~10年目 | 10年目以降 | |
営業社員の給与 | 40.000EUR | 46.000EUR | 51.000EUR | 58.000EUR |
(出典:Kununuを元に筆者作成)
注意しなくてはいけないのが、ドイツ社会における「年次」の概念は、日本からドイツに就職するときのように、一度国をまたぐとリセットされる可能性があります。日本で営業のエキスパートだったとしても、ドイツでまた同じように成果が出せるかはまた別問題と見なされ、再現性がないと見なされた場合は給与テーブルをまた0から上がり始めることとなります。
(※ただし、IT、エンジニア、デザインなど、こうした分野においては文系職種よりも国をまたいだ際の乖離が少ないため、給与テーブルもゼロにリセットされづらいと言えます)
役職
上述の「年次」と重複する部分がありますが、管理職の立ち位置なのかどうかも給与水準を分ける重要なポイントです。ドイツ社会において管理職になるかどうかは、年齢的な要素よりもその分野でのキャリアがどれくらい積まれているかが大きく影響します。
30代で管理職につく割合は限定的で20%以下ですが、40代はキャリア上の一つの転機として40%近くの社員が管理職への昇進を経験することとなります。逆にいうと、ここで60%近い社員は「平社員」としてその後のキャリアを過ごすこととなります。
職種や業種によって大きく異なるうえ、管理職の中にも部下数人のものから地区本部長のように50~100人近くを統制するポジションまであるため計算が難しいですが、管理職の有無によって2~3倍近い給与の開きがあります。
ジュニアマネージャー | シニアマネージャー | 課長 | 部長 | |
営業社員 | 40.000EUR | 46.000EUR | 70.000EUR | 100.000EUR |