
ドイツ第6位の都市、デュッセルドルフ。60万人の人口を有し、ビジネス、産業、学問など多岐に渡りルール地方の経済を牽引するグローバル都市でもあり、その人種多様性はドイツ指折りです。
ヨーロッパ有数の「日本人街」があることでも知られており、ワーホリや留学の目的地としての人気を博しています。本稿では、こうしたデュッセルドルフの魅力について紹介していきます。
デュッセルドルフの歴史
広大なライン川沿いに設けられたデュッセルドルフへの定住の跡は、既に4000~5000年前頃から現れていたと伝えられます。その後緩やかな発展を遂げますが、ローマ帝国の「ガリア戦争」によってこの地域はローマ帝国に編入され、その文化的影響を色濃く受けることとなります。
やがてライン川沿いのこの都市は、中世期間を通じて要衝としての役割を設けられました。12世紀にベルク爵領になったことが、デュッセルドルフにとって発展の契機となります。

(C)flicker_Huub Janssen Kaiserpfalz Kaiserswerth
13世紀には都市権を得て、経済・商業活動が活発化されました。さらに14世紀には首都が移転され、ベルク爵が正式にデュッセルドルフに居を構えることになったため、同地は一気に発展の道を辿ることとなります。現在も残る旧市街の街並みの一部は、このベルク爵の時代に整備されたものです。
その後、デュッセルドルフはベルク公国(※名前は幾度か変更)の元で戦争や大火、伝染病の影響を受けながらも成長を続けます。ナポレオン時代にはベルク大公国というフランスの傀儡政権が一時的に樹立、ナポレオン没落にはプロイセンの手に渡りました。

(C)flicker_National Museum
第二次世界大戦中は、空襲と砲撃の影響で町の大半が灰と化したものの、ベルリンのような地上戦は免れ、連合軍の占領下におかれます。戦後はNRW州の州都として、そして西ドイツの首都であるボンへのアクセスのよさから、インフラが優先的に整備され、驚異的な経済発展を遂げるに至りました。
デュッセルドルフの現在
海外在住者によるプラットフォーム、Internationsの2024年の調査によると、デュッセルドルフの外国人にとっての住みやすさはドイツ内で1番に選ばれています。
国際都市として
戦後の復興期、デュッセルドルフはイタリアやトルコから大量の移民を受け入れたことや、日系企業の進出先として選ばれたことから、ドイツの中でも有数の国際都市として知られています。人口のうち約25%が外国人、韓国や中国、日本、インドなどのレストランや食材屋が並び、外国人を対象としたイベントも多数用意されています。
デュッセルドルフ空港はドイツにおける乗客数3位を誇り、世界各地へのアクセスが容易、特に見本市の時期には多くの外国人で賑わいます。

(C)flicker_Chris Yunker
学問都市として
名門のハインリヒハイネ大学を中心に、デュッセルドルフには14の大学(専門大学を含む)が存在しています。ルール工業地帯に近いことから、元々化学や自然科学分野での研究が盛んでした。
語学学校も豊富で、特にサッカーやドイツ語での短期留学をおこなう日本人の拠点としても活用されがちです。逆に、ドイツ人の中にも日本語を勉強する層が多く、友人を作るのが難しいというドイツの中でも比較的交流を深めやすい都市であると言えるでしょう。

(C)flicker_Chris Yunker
仕事
上述の通り国際都市としての特徴を色濃く持つデュッセルドルフは、ドイツの中でも外国人が仕事を見つけやすい都市として有名です。特に日本人の場合、同地に進出している約400社という日系企業が現地採用のための大きな受け皿として機能しており、その他韓国系、中国系、アメリカ系など多国籍企業が居を構えています。
ワークライフバランスに定評があり、少し郊外に出れば豊かな自然が広がる環境であることから、日本人にとっても最良の転職先探しがおこなえる都市と言えるでしょう。
ドイツの求人の一例
デュッセルドルフと日本
ヨーロッパではロンドン、パリに次ぐ第三位の日本人人口を有するのがデュッセルドルフ。現在は6,600人ほどがデュッセルドルフに居住しています(ピーク時は8,500)。
この背景には欧州随一の数を誇る「在独日系企業」がキーワードになってきます。高度経済成長期以降、日系企業がルール工業地帯有数の経済都市であるデュッセルドルフへの進出を決めました。現在ではデュッセルドルフには約400社、NRW全体では600社の日系企業が拠点を構えており、ドイツに進出する日系企業の3分の1に相当します。
こうした在独日系企業の駐在員、その家族、そして現地採用された日本人などを中心にデュッセルドルフでは日本人コミュニティが形成されており、日本の本屋、居酒屋、日本の食材を扱うお店、など他のヨーロッパの都市ではあまり見ることのない日系商店を目にすることができます。
また、デュッセルドルフと言えば有名な日本文化の祭典「Japan Tag」が2002年からおこなわれていることでも知られています。デュッセルドルフの人口よりも多い日本ファンの来場者がヨーロッパじゅうから集まってくる様子は正に圧巻、最後に打ち上げられる日本式花火はドイツ在住の日本人の心を打つこと間違いなしと言えるでしょう。

(C)flicker_Michael Gerlt